今年も残りわずか。
この時期になると、「来年の運勢は?」はたまた「来年の世界情勢を大予言!」といった記事や書籍・雑誌がたくさん出ます。
知道出版も、イルマイヤーというドイツの預言者についての書籍をの刊行を1月に控えています。(この記事を最後まで読むとリンクがあるよ!)
さて、これだけたくさんの書籍が出されていると、予言の話をたくさん聞きすぎて何が本当かわからない!という方もいることでしょう。
今回は予言の中身は書籍に任せておき、未来予測に関する科学の話をしていきたいと思います。
未来予測というと科学的でない、というイメージを持たれると思いますが、そもそも未来予測自体が不可能であることを示す科学理論があることは皆さんご存知でしょうか。
この世界には予測できることとできないことがあります。この両方が混在するからこそ、私たちは何とかこの世の中に法則性を見出したり、未来を予測しようと躍起になるのでしょう。
明日も太陽が昇ることは確実なのに、雨が降ることは確実ではないし、意中のあの人と結ばれるかは全くわからない。だから、太古から人は不安に駆られ、太陽が明日も登るように予測できないかと、努力してきたのです。占いも科学も、その営みの一部なのです。
しかし、ある種のものが初めから予測できないとわかっていたとしたらどうでしょうか。逆に少し安心できるのではないでしょうか。
占いや未来予測は娯楽として引き続き皆さんにも楽しんで欲しいと思いますし、私も「AIの未来を予測する」などと過去に書いています。
しかし、間違った予測に騙されたり翻弄されてしまうこともあるはずです。
今回の話を聞きかじっているだけでも、そんな被害に遭うのを減らせるのではと思っています。
そして何よりこの話はとても面白く、あなたの知的好奇心をくすぐるはずです。
皆さんは「ジュラシックパーク」という映画を見たことはあるでしょうか。
この映画にはマルコム博士という人が出てくるのですが、彼は恐竜博士ではなく、カオス理論の研究者として登場します。
このカオス理論というのは、名前は聞いたことがあっても、何やら複雑で難しく、結局何の理論なのかわからない、という方も多いでしょう。
カオス理論は砕けた表現をすれば、「予測できなさ」に関する理論なのです。
広くは力学系(Dynamical System)という数学の分野があり、基本的には与えられた方程式を解くと解がどのような振る舞いを示すかを研究するのですが、その中である種の方程式の解は全く予測不可能な挙動を示すことが、1960年台の研究からわかってきたのです。それをカオス(Chaos)と呼びます。
方程式とはここでは微分方程式のことで、これはものの運動を表す式として誕生しました。ニュートンとライプニッツによってほぼ同時期に発明(発見)された数学的ツールです。
ものの動きを表すのですから、まずは抽象的な理論ではなく、実際のものを見て見ましょう。
これは二重振り子と言う、カオスの代表的な例になります。
振り子の先にもう一つ振り子がついているだけなのですが、これがとんでもなく複雑な挙動を示します。
ご存知の通り、普通の振り子は周期的な運動をします。その特性を活かして時計にも活用されてきたわけです。
しかしこれを二つ繋げただけで、もう意味不明です。
もっと大きなスケールの現象を見てみましょう。
天体は普通地球と月、太陽と地球といったように二つの天体がお互いの周りを周り合う時、非常に安定した運動をします。
太陽には多数の惑星がありますが、太陽があまりにも重いため、太陽系も(比較的)安定しています。
しかし、同じくらいの質量の天体が3つ、互いの周りを回ろうとすると、どうなるでしょうか。
(Wikipediaより)
シミュレーションをするとこんな動きになります。
見ての通り、非常にカオスな動きをすることがわかります。
この問題は三体問題と呼ばれ、数学者アンリ・ポアンカレによってこの微分方程式の一般的な解き方は存在しないことが示されました(ポアンカレの定理。厳密にはある種の積分ができないことであり、このような微分方程式一般を非可積分系と呼び、数学の一分野になっています)。
ご存知の方も多いかもしれませんが、あの全世界で2000万部以上を売り上げた中国のベストセラーSF小説『三体』も、この三体問題が由来になっています。
ある種の運動がこのようにメチャクチャになることは直感的にもわかると思いますが、「メチャクチャであること」を数学的に表すのは並大抵のことではありません。
かつてアイザック・ニュートンは、万有引力の法則を発見し、この世界はシンプルな法則によって全て記述されるのだと考えました。
法則があるということは、予測ができるということを意味します。
法則があり予測ができるから、我々は宙に投げたボールを再びキャッチすることができるわけです。
このように日常のあらゆる現象も、F=ma という運動方程式に当てはまるわけです。
もし複雑な現象があって、この法則が当てはまらず予測ができないように見えても、それは予測をするだけの計算能力がたりないだけのはずです。
どんな現象も、頑張れば計算によって近似的に予測できるということです。
果たしてそうなのでしょうか。
「ラプラスの悪魔」という話があります。
この悪魔は無限の計算能力を持っており、全宇宙のすべての分子の運動も予測できるのです。
そんな悪魔はビッグバンの瞬間を一瞬でも観測しさえすれば、137億年後のある日、地球という惑星であなたが朝食のトーストに何を塗って食べるかさえも、予測できるというのです。
ニュートンもラプラスも、理想論的には何も間違ったことは言っていないはずです(その後量子力学の誕生により、部分的に否定されることになりますが、今回は量子論の話はしません。よくカオスと量子論はごっちゃにされがちですが、カオスはあくまで決定論的な系を扱います。まさにラプラスの悪魔が予測できるような系のことです。たいして量子論は小さな世界のものの運動は確率論的であるという“非決定論”を主張します。あくまで今回は決定されているのにも関わらず予測できない、という話です。決定論的カオスと呼ばれます)。
しかしこの近似というものの扱いが、とても重要になるのです。
ある物体が運動を始める、あるいは物体の運動の観測を始める瞬間、どの方向にどれくらいのスピードで動いているかの最初の条件のことを「初期値」と言います。
ラプラスの悪魔は、宇宙の初期値を知れば、すべての未来が見通せます。
しかし実際無限の計算能力などこの世には存在しませんから、初期値から近似で予測しなければなりません。
ここで、カオス理論の重要な発見が関わってきます。
それは、“近似が不可能になることがある”ということです。
ある運動の軌道を予測するために、近似によって近い軌道を計算したとしましょう。
しかし、どれほど近い値を近似できたとしても、元の軌道と近似の軌道はある一定の時間を過ぎると、どんどん離れていってしまいます。
どれだけ軌道がズレていくかの度合いを表す量を「リアプノフ指数」と呼びます。
リアプノフ指数はこんな式で表されますが、無視してOKです。
この λ がプラスの値の場合、軌道のズレは指数関数的に拡大していき、全く近似として役立たなくなってしまいます。
リアプノフ指数がプラスのとき、系はカオスであるといいます。
ポイントは、どれほど高い精度で近似しても、という点です。
つまりカオスは、どれだけ高い精度をもってしても近似では表せない、すなわち予測ができないということが数学的にわかってしまうのです。
初期値で小さなズレがあると、後で取り返しのつかない大きな差異が生まれてしまうため、カオスは「初期値鋭敏性」を持つと言われます。
二重振り子の例に戻りましょう。
この動画では、たくさんの二重振り子を重ね、0.001%だけ初期値をずらして揺らすシミュレーションをしています。
最初は同じ動きをするのですが、次第にズレが大きくなり、最後にはカオスが生まれます。
これが、天気予報が当たらない理由なのです。
現代のスーパーコンピュータを使っても、天気を予測できるのはせいぜい1週間先といったところです。
半年後の天気を当てることなど、不可能なのです。
気象のパターンがこのカオスに当てはまることを最初に発見した学者がいました。
気象学者エドワード・ローレンツは、1960年台当時のコンピュータで気象パターンをシミュレーションしようとしたところ、少し値を変えただけで毎回結果がバラバラになってしまうことに気づきます。
その時扱っていた気象モデルは、現在ローレンツ方程式と呼ばれる次の単純な方程式でした。
こんなシンプルな式から、カオスは発見されたのです。
ローレンツがこのモデルからカオスが現れるような解を集めプロットすると、現在ローレンツアトラクタとして知られる、美しいグラフが浮かび上がってきたのです。
(Wikipediaより)
なんだか蝶のような形をしていますね。
当時ローレンツがこの研究結果についての講演を行った時、タイトルに「ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こすか?」とつけられました(このタイトルはローレンツ自身によるものではありませんでした)。
これがあの有名な、「バタフライエフェクト」と呼ばれる現象の由来となりました。
さて、こんな話をしなくても、「風が吹けば桶屋が儲かる」などと言いますし、昔から人はわかっていたのですが、それでもカオスが発見される過程は知的興奮の止まらない、面白いストーリーがたくさんあるのです。
このストーリーはまだまだ続きます。
この後、カオスの研究は進み、このようなカオスが至る所に潜んでいることがわかってきたのです。
そして今度はカオスの中に再び秩序が見出されるようになります。
このカオスは、生命の誕生や、脳から心が生み出される原理にも関係があると多くの研究者が考えています。
そこにはフラクタル幾何などの新しい数学も関わり、社会学、経済学、地震などの現象の説明もなされるようになってきました。
そしてわかってきたのは、どうやらわれわれはこの世界のカオスの淵(Edge of Chaos)に住んでいるのだということ。
始めに書いたように、世界には秩序と無秩序、予測できることとできないことが混在し、その境目を揺れ動きながら、われわれは生きているのだそうです。
今回はここまでにしてまた別の機会に話しますが、とにかく、未来予測は難しく、この世界を生きることはもどかしいことがわかってもらえたでしょうか。
果たして来年は一体どんな未来が待ち受けているのでしょう。
どんな未来が来てもいいように、準備しておきましょう。
ひょっとすると、大変な事態が起きるのかも知れないのですから……。
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